藤井博章さん(加賀市)

BOUQUET(ブーケ) 藤井博章さん


・移住した時期:2019年4月(移住を考え始めてから約2年後)
・開業した時期:2020年4月
(東京都 → 石川県加賀市)


[店舗情報]
BOUQUET(ブーケ)
石川県加賀市百々町17-61 
(Webサイト)なし
(Instagram)https://www.instagram.com/bouquet.kaga/
ランチ&ディナー: いずれも1~2組/日
アウトドアダイニング[patio]1日1組
ゲストハウス: 1日1組
(全て事前予約)
定休: 月曜日、火曜日


完全予約、1部屋1組限定のおもてなし。
ワインに合う各国料理を、シックなしつらいの空間で気軽にわいわい味わって。

移住・開業を決断するまで(検討期)

01:最初から「起業・開業」ありきで、地方移住を考えたのでしょうか?

地方出身だからか、東京に住んでいながらもマンションを買って定住することはイメージできずにいました。キャンプや登山、旅行が好きで、若い頃から全国をあちこち回り、地方の空気感や自然にも漠然と憧れを持っていました。とはいえ、もし実際に地方に住めば、やっぱり都会が良かったと思うに違いないと抑制気味に捉えていたんです。
転職を機に地方に住む機会を得て、自分は地方生活を違和感なく受け入れられることに気づきました。その後、再び東京勤務となったことで、地方の方が性に合っているなぁと思うようになります。
当時は会社勤めをしていて、責任ある役職を打診されたことが大きな契機でしたね。地方移住をずっと思い続けている中、年齢的にも頃合いかなという思いと、退社が念頭にありながら責任ある立場を軽々に引きうけるべきではないと考え、会社にこのことを率直に伝えました。打診を断ったからには、いさぎよく移住を決意して具体的に検討しはじめたんです。
ですので、起業・開業にあたって地方移住という順序ではなく、地方移住が先にあり、移住するからには自己実現をかなえやすくワークライフバランスも整えやすい個人事業主の道を選択しようと思いました。

02:移住や開業のタイミングはどのように決めましたか? 決め手、後押しになったこと
(きっかけ等)は、ありましたか?

開業のタイミングについては、取得した中古の戸建一軒家をリノベーションしたので、その工期スケジュールですね。飲食店とゲストハウスという営業内容を決めた上で事業計画とリノベーション計画を同時に進め、引き渡し後の店舗オペレーション設計とトレーニングに必要な期間も想定して調整しました。移住から開業まで、約1年間かけて準備したということになります。

03:移住や開業について、ご家族の反応やご意見はどうでしたか?

当時は独身でしたので基本的には自分で計画し、妻と一緒にやることをきめてからは2人でワクワクしながら準備していました。

開業準備について(本格準備期)

04:このスタイルで開業した、理由・いきさつを教えて下さい。

人間の根源的な欲求である「食」に関連したことをしたいとは思っていましたが最初から確定的に進めずに、めぐり合わせた物件からインスピレーションを得て決めよう、という感じでした。当時空き家だった現店舗は一目みて気に入りました。道路から玄関へのアプローチが特別感を醸し出し、途中にあったスペースもバーベキューなどしたら最適と感じたのを覚えています。こういった立地・スペース環境も含めてコンセプトを考えはじめ、一緒に取り組むことになった妻がソムリエの資格をもってたり、料理好きということもあり、せっかくならそれらを活かそうということで、カフェとディナー営業の店としてオープンしました。

05:現在の開業物件(およびお住まい)は、どのように見つけましたか?

市の空き家バンクの物件です。当時の空き家バンクのウェブサイトでは外観しか分からないものも多かったのですが、掲載されている画像をもとに候補を絞りました。市の移住促進協議会からも物件を紹介していただきました。その後、現地にきて候補物件の外観はもちろん、立地や周辺環境もあわせて自転車で一軒一軒視察しました。
唯一気に入った現在の物件を内見するときには、あらかじめ発注を決めていた設計事務所の方に事業計画を伝えた上で、家の状態や現状の間取りなど、プロの目から一緒に見てもらいました。

06:利用した支援制度や補助金等はありますか?

市の支援制度に、移住してきた人向けに家の改修費補助をするメニューがあり、市役所に申請して認められ、たしか70万円ほどの補助が出ました。
それ以外は条件的に該当しないようでした。

07:もし差し支えなければ、開業費用についてお聞きできますか?

前提として、自己資金でまかなえる範囲にとどめ、借り入れはしないということで始めました。
土地建物の購入と、リノベーション工事にかかった費用の割合は、購入1に対して、リノベーション工事が2ぐらいの比率です。建物の中で店舗ゾーンと住居ゾーンを分けています。そのほかには、お店の備品等々もありますね。

08:大変だったこと、困ったことは? 特に苦労した点は何でしたか?

工期が思ったより長くかかったことや、オープン予定時期にコロナ禍が来てしまったことは想定外でした。当初、設計事務所と話していた完成時期が、着工の遅れや建設業界の人手不足などが影響し、数カ月おくれました。
また、移住後、最低限の収入を得る必要はあるので派遣社員として働きはじめたのですが、ちょうどその企業の繁忙期と重なり、休みが日曜日にしか取れず、平日しか稼働していない役所への届け出や関係各所との打ち合わせなど、進展しない状態が3ヶ月ぐらい続き、シフトを調整できる別のアルバイトに変更しました。
そこから本格的に打ち合わせを始め、おおよその工事概要をかためて、いよいよ着工と詳細部分の打ち合わせを同時に進めたのですが、家のリノベーションはもとより、店舗用の工事なんてすべてが初めてのことばかりです。設計事務所が関与する部分とそうでない部分、それぞれの費目と金額など全体概要を確認しながら進めたつもりでしたが、どうしても漏れるものも発生し、予定金額をオーバーし、調整が必要な場面もありました。
工事は半年ほどで完成し、備品を揃えて開業に向けて着々と準備をすすめているさなか、コロナ禍の影が…。開業日を延期したりもしましたが、収まる気配もありませんでした。でも、緊張感を持ってずっと準備してきたので、駄目だったらお休みすることを念頭に、4月オープンに踏み切りました。

09:工夫したことはありますか?

自分のやりたいことや考えも変わるかもしれませんし、後になって色々な展開ができるよう、拡張性を持たせたリノベーションのあり方を考えました。飲食業だけではなくゲストハウスという宿泊業も行うことは当初から念頭に置いていましたが、メインの事業を逆転することも可能なように設備の初期投資を検討しました。
具体的には、「ゲストハウス」という名称で営業しようとすると民泊新法とホテル旅館業法があり、どちらの法律のもとで営業するかによって初期投資費用の多寡と営業日数の制約がかわります。現在は、飲食業をメイン事業と考えていますが、年齢を重ねていって、宿泊業に重きを置きたくなったときに、工事費用は多くかかっても制約はない建付けにしておいた方が良いだろう、と考えました。
あるいは、店舗空間をレンタルするという考え方です。ワークショップやセミナー、お茶会などに利用したいと思ってもらえる使い勝手の良さはもちろん、個性的で独自性のあるデザイン・レイアウトを目指しました。そうすれば、自分たちが料理を作ってサービスする以外にも空間を有効活用できます。
もともと、大きいテーブル席とこじんまりとしたカウンター席の2部屋あって、今は1部屋1グループでの利用として2組まで承っているのですが、開業してしばらくはテーブル席で食事した後に、カウンター席に移動して、特別感のあるカウンターバーとして使ったりしていました。
そのように、いろんな展開に対応できるように、ということを意識しましたね。

開業後のいま(現在) 

10:ズバリ、お店の特徴は?

コンセプトは、「ワインとおつまみで、別邸ホームパーティを」。
ホームパーティーのイメージって、笑顔でワイワイとお酒とおつまみを楽しんでいるものです。当店は本格的なフルコース料理ほど肩ひじはらず、居酒屋ほどゆるっとしない、ちょうどその中間くらいの位置づけです。市街地から少し離れた立地にあり、長いアプローチを進んで正面玄関に向かうというのも程よい特別感を醸成してくれる、コンセプトを支える大事な要件です。
店名であるBOUQUET(ブーケ)は花束という意味ですが、花束は記念日だったり、ちょっとしたハレの日に欠かせないシンボルのようにとらえていて、そういう場に相応しいブーケのような存在でありたい、という思いからです。
実際に、記念日に来てくださる方が多く、ランチとディナーの全4組ともお祝いの食事ということもあります。還暦を祝うために3世代で食事をして、市内の方でも皆で泊まっていかれることもあります。

11:現在のお仕事のあらまし、日々のご様子を教えて下さい。

今、レストランは完全予約制にして、1部屋を1組のみでご利用いただくランチとディナーの営業になりました。コロナ禍で、飲食店は諸悪の根源のように扱われていたので、座れるだけお客様を受け入れるよりも、「この店は密にならない/安心だ」と思ってもらうことが、継続的にご来店いただく上で大切だと考え、現在のスタイルに辿りつきました。高齢の親御さん、小さなお子様、障害をおもちの方をお連れになられるのに気兼ねせずに済んだり、お話好きの女性同士のグループにはとてもフィットしているようで一番多い客層となっています。
ゲストハウスについても、日本各地から海外のお客様まで、加賀市の外れにある当店に若い方を中心にご宿泊いただいています。
ランチ&ディナー2組ずつと、たまに宿泊のお客様をお迎えする小規模の店ですが、夫婦二人で営む分には無理のない範囲で忙しくしております。

12:実際に営業し始めたら、当初の計画・想定から変わっていったことはありますか?

すごく変わりました。当初レストランは予約不要で、席が空いていれば相席でもご利用いただくスタイルで、アラカルトメニューの提供でした。コロナ禍で客数も安定しないのでフードロス抑制のため、メニュー選択方法を2パターン用意する工夫をしました。事前にメニューを送付して、3000円・4000円・5000円という価格と、規定数の料理をフルラインナップメニューから事前選択してもらうというもの。そして、来店後にメニューを選ぶ場合は、品数をぐっと抑えたメニューにするというパターンです。
すると、圧倒的に多くの方が「事前選択制」の真ん中の価格帯を選ぶことがわかりました。そして、「メニューはどれもおいしそうだから/メニューを見てもどんな料理かわからないからお任せします」という方が増えていきました。また、予約不要といっても、基本的に問合せや予約をしてくれることから、現在の完全予約制でお任せ料理のスタイルにおちつきました。
元々、カフェとディナーの営業でスタートしました。ディナーの準備に手が取られてランチは無理だと思っていましたが、夜は出歩きにくいからランチ営業をしてほしいというお客様からのリクエストが多かったことと、お任せ料理にしたことでディナーメニューの一部をランチで提供することが可能となりました。
お客様の声やニーズを拾い上げながら、一気に変更するのではなく自分達のキャパシティーを見極めながら少しずつストレッチしてできることを増やしていった結果だと思っています

13:営業していく中で、大切にしていること、こだわり等はありますか?

他のお店と単純比較されないような独自性や差別性を大切にしています。宿泊機能をつけたり、アウトドアダイニングを整備したのも、その一環です。「泊まれるレストラン」ということでお客様の記憶に残るフックとなりますし、お客様同士で「ここ、泊まれるんだよ」という会話もよく聞きます。宿泊部屋を見学される方も多いです。
また、開業から二年後に始めたアウトドアダイニングは、コロナ禍でキーワードとなった「開放的」と「プライベート感」を極限まで追求したつもりです。1日1組の完全貸切型で、屋外で私たちが炭火調理した料理を屋外で愉しめます。
想定以上に喜んでいただいているのは、ランチもディナーも来店する度に異なる料理をご提供することです。顧客情報として、提供した料理履歴や苦手食材などをさまざま記録しています。
私たちの勝手なこだわりは、イタリアンやフレンチというように特定の国の料理に制限せず、「ワインに合うかどうか」を基準にメニューの採用を判断することです。色々な国の郷土料理が食べられて楽しい、と言っていただくこともあり継続していきたいです。

14:営業してきた中で、印象に残っている出来事、出会いなどはありますか?

地元を離れてくらす子供やお孫さんに「こんな店ができた」と、少し自慢げに親御さんや祖父母の方々が紹介してくれて、帰省する度に2世代・3世代で来てくださるのはとても嬉しいです。妊婦だった方が次に来てくれたときには赤ちゃんを連れてきてくれると、田舎にいる親戚の気分です。
お子さんや若い方にとって、地元に新しい店ができて活気づいている印象や生き生きとしている大人の姿が見えることは、地元を誇りに思ったり、一度離れてもまた戻ってきたいと思うために重要だと思っています。店を始めるにあたって、地元でのかけがえのない思い出を蓄積できる場・空間になりたいと考えていたので、こういったお客様との交流は店をはじめて良かったと思う瞬間です。

15:地域とのつながりはありますか? (ご商売上でも、暮らし面でもOK)

とても仲良くしていただいています。プライベートでは、一緒にバーベキューをしたり、県内の牡蠣を取り寄せて食べたり、旅行したりもします。地方ならではの、物々交換もたくさんあります。店としては、隣に住む90歳を超えるおばあちゃんも友人同士、娘さんやお孫さんと何度もお越しくださっています。町内会の総会で配るお弁当をご注文いただいて町の皆さんに味わっていただくこともあります。

16:移住後の暮らしについて、ご本人やご家族の満足度はいかがですか?

夫婦二人とも楽しく過ごしています。こんなはずじゃなかった、とか後悔するようなことは何もありません。

17:地域のお気に入り(場所や、地元の食べ物)などがありましたら。(ご本人、ご家族)

移住先の選択基準の一つに「温泉があること」を入れていたくらい温泉が好きなので、北陸の「総湯」(注:そうゆ/地元温泉の共同浴場の総称)文化は気に入っており、よく利用します。日帰り入浴ができる温泉旅館も、ちょっとした旅行気分を味わえるので利用しています。

18:これからの計画や、取り組みたいこと、将来展望などがありましたらお願いします。

店舗規模を拡大するとか2店目を出店するとか大げさなことは考えていません。ここまでは割と事業計画に書いたとおり進んできました。飲食のみの運営から始まって、宿泊やアウトドアダイニングも徐々に稼働させました。
この先、この地での新しい出会いや思いもよらないお声がけによって自分達が想定しなかったことをしていたら面白いなとも思っています。
筋書き通りではない偶発的な出来事を楽しむ余白をもっておきたいと思っています

これから移住・開業する方へ

19:開業や起業を考えている方へのアドバイスはありますか?

ご自身が移住なり起業を考えはじめた動機は深く掘り下げておいた方がいいかと思います。現在の自身の置かれている状況を変えて、何か事を起こそうとしている根源的な理由、自分が開業する必要があるのか?既存の会社では達成できないのか?現在住む土地を変えようとするのはなぜなのか?など。自分で自分に質問攻めしてみるとよいと思います。
そして、自分の思いや考えを整理して書き留めておくとよいと思います。私もこの先の人生で何を大切にしたいのか、なぜ東京から地方に移住を求めるようになったのか、移住先に求める選択基準と優先順位などをまとめました。そうしておくと、移住・開業した後、時間が経過して、「前の方が良かった」、「なんでこんなことしてるんだっけ」といった思いが頭をよぎっても、当時の強い思いに立ち返ることができます。もっというと、その思いに照らしてみると、事業内容はこう変えてもいいのではないか、とか場所は必ずしもここでなくてもいいのかも知れない、と不必要にこだわっていた部分が見えてきて、良い意味で前向きに順応できる可能性もでてくるのではないでしょうか。

20:最後に、移住・開業を検討されている方へ、メッセージを一言お願いします。

あまり理想を求めすぎないことは大切かも知れません。移住先として理想的で完璧な土地は永遠に見つからないかも知れません。私もテレビや雑誌で加賀市にはない良さをもつ土地を見ると、今でも「この町にも住んでみたかったなぁ」と思ってばかりです。人間はないものねだりしてしまいますし、隣の芝が青くみえてしまいます。
でも、さきほど述べたような、自分が大切にしていた選択基準があると、迷うことはありません。空き家活用や交通手段も含めた新しいサービスも出てきていますし、試しに住んでみる環境は整っています。行動を起こそうとする自分の内省は大切だと思いますが、アドレスホッパーとまではいかなくとも、終の棲家にしないといけないと重く考えすぎる必要もないと思います

(2024年3月インタビュー)

  • URLをコピーしました!